うみのくるしみ

よっこらしょっと重い腰をあげてさ

オリンピックやコロナ対策の諸々について

小さい頃、歴史の勉強をしていて、よく不思議に思った。勝てっこないって分かりきってる相手となんで日本は戦争なんかしたんだろう。誰か止める人はいなかったの?世論は?どんな空気の中で始まり、終わったんだろうか。不思議だった。
母に聞いてみると「戦争は知らないうちに、始まってるんだよ。やるってことに、なっちゃう。だから怖いんだよ」と答えが返ってきた。知らないうちに始まる。始めるではなくて、始まる。
どういうことなのか、最近ようやく分かった。この国を仕切ってる政治家たちの、コロナ禍におけるぐだぐだな意思決定。オリンピックに関する手続きのうやむや。……理不尽と非効率が多すぎて、ニュースを見ていて悲しくなる。開会式を見て、お祭り気分に浸る人のことをどうこう思わないわけじゃない。またその人たちから見てもこうして盛り下がるようなことをいう人間は疎ましいと思うかもしれない。みんなの意見はいつだってまとまらないよね。
ただ、消された功績や死んでいった人のことを思う。
リスペクトしようとか肯定しようとか、そういうのは勝手にやってりゃいい、大事だね、はい。でも批判や否定をやめたら私たち、やっぱり権力に都合良く使われちゃうんじゃない、気づいたときにはもう始まってるんじゃない?
善良な市民は、人が国家に殺されても愉快な音楽が流れてれば口を閉ざすの? 愉快な音楽が醸成する楽しげな空気に流されて、それに乗っかって生きることに、インターネットの片隅で私はNOと表明しておきたい。